Aug 16, 2010

簡単に会社設立というが

インターネットの情報材料は、様々なことがあって素晴らしいです。インターネットでお金を稼ぐ会社の設立を強調すること、交通事故でどのように多額の慰謝​​料を勝ち取るか、妖しげな育毛発毛ノウハウなど。インターネット初心者の方は宝の山のようにも、悪魔の巣窟のようにも感じます。 "会社設立"をはじめ、会って話に接することが不足している情報の素材には不安が大きいです。
会社を退職し、新しい事業を始めるようになった。当面の事業資金は退職金を合わせるつもりだ。ところが、事業を開始してから半年予想外で、初期投資が増え、事業の資金はあっという間になくなってしまった。まずは親から借金させてもらうことになったが、焼け石水である。事業計画を考えて修正する必要がある。
 □「想定外」…対応後手に 鈍る決断、危機の連鎖

 東日本大震災から1カ月がたとうとする今も、「安全」どころか「安定」すら取り戻せない東京電力福島第1原子力発電所。津波による電源喪失、冷却機能の停止、燃料溶融、水素爆発…。次々に襲う「想定外」の事態に対処できず、判断ミスも重なり、危機が連鎖した。なぜ危機を想定できなかったのか。どこかで連鎖を食い止められなかったのか。「天災」なのか、それとも「人災」なのか。7つの場面を検証した。

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 (1)電源喪失

 ■「安全とコスト」天秤

 「最大規模の津波を考慮してきた。想定を大きく上回るものだった」

 東電の原子力担当の武藤栄副社長は、3月25日の会見で弁明に追われた。

 想定した津波は最大5.7メートル。実際の津波は約14メートルに達し、海面から5.5メートルの堤防を飲み込み、同約10メートルの敷地に押し寄せ、海側の発電用タービン建屋に侵入し、地下にある非常用ディーゼル発電機が冠水。1?3号機で全ての電源が失われた。

 東電幹部は「津波の敷地への上陸は想定していなかった」と悔やむが、予見する機会はあった。

 2009年6月に同原発の安全性について議論された経済産業省の審議会。委員の岡村行信産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長は「約1100年前の貞観地震では内陸3?4キロメートルまで津波が押し寄せた」との最新の研究結果を受け、対策の必要性を強く訴えた。

 だが、東電は「学術的な見解がまとまっていない」と応じなかった。岡村氏は「精度の高い推定が無理でも備えるべきだ」と食い下がったが、審議会も東電を支持した。

 「過剰な安全性基準はコスト高につながり、結局利用者の電気料金に跳ね返ってくる」

 震災前に東電幹部がよく口にした言葉だ。

 国の原子力安全委員会の設計指針も、「電源を喪失した場合、復旧を急げばいいという思想に基づいており、過大な防護への投資を求めてこなかった」(関係者)。

 安全とコストを天秤(てんびん)にかけた結果、危機の連鎖が幕を開けた。

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 (2)炉心溶融

 ■「可能性ゼロ」 現実に

 電源喪失により、1?3号機では、安定的に原子炉に水を注入できなくなった。燃料棒内部の放射性物質(放射能)が放出する「崩壊熱」で水が蒸発し、水面上に露出。熱に強いジルコニウム合金製の「被覆管」が溶ける1200度以上に達し、日本原発事故史上最悪の「炉心溶融」が始まった。

 「小さい確率の事態が全部実現すれば、炉心溶融につながることは論理的には考え得る」。昨年5月の衆院経済産業委員会での経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長の答弁だ。「多重防護の考え方で設計されており、安全性は確保されている」とも語り、可能性はほぼゼロに近いと否定してみせた炉心溶融は、1年もたたずに現実となった。

 原発は「5重の壁」を安全性の大前提としている。燃料のウランを陶器のように焼き固めたペレットに加工し、被覆管で覆い、圧力容器に納め、格納容器で守り、建屋が囲む。

 原発安全3原則のうち「止める」は機能したが、電源喪失により「冷やす」機能が失われたことで、「閉じ込める」機能もすべて破られ、放射能汚染が広がった。

 原子力安全委員会は1992年5月に電源喪失などの「シビアアクシデント」に対応できる備えを政府や電力会社に要請した。だが、「数時間後には復旧できるという考え方に基づく設計」(保安院)が見直されることはなかった。

 「電源喪失で何が起きるかを想定すれば、とるべき対策があったはずだ」。宮健三東京大名誉教授は、“想定外”は言い訳にならないと断じた。

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 (3)ベント作業

 ■10時間ロスで致命傷

 原子炉内の水が失われ、炉心溶融が進む一方、蒸気で内部の圧力が高まり、原子炉圧力容器や格納容器が、損傷する恐れが高まった。1号機の格納容器内では一時、設計想定の5気圧の倍近い9.4気圧を計測した。

 圧力を下げるには、原子炉内部の放射性物質を含む蒸気を外部に逃す「ベント(排気)」と呼ばれる措置が必要になる。しかし、その作業は、大きく遅れた。

 「半径3キロ以内の避難や3?10キロの屋内退避を実施しているので住民の安全は保たれる」

 海江田万里経済産業相がベントを表明したのは、12日午前3時05分。しかし、東電が作業に入れたのは、午前10時17分。放出が行われたのは午後2時半で、表明から10時間以上もたっていた。

 遅れの最大の理由は、12日朝の菅直人首相の視察ではなく、電源喪失だった。東電は手作業によるベント開放に手間取ったのだ。この間に炉心溶融が進み、圧力や高熱で圧力容器や格納容器が損傷し、「閉じ込め」機能が失われた可能性がある。

 実際、2号機では14日に圧力上昇を受けベントで蒸気を放出したが、海水注入の失敗も重なり、2度にわたって燃料棒が全面露出。15日早朝に爆発が起きた。直後に格納容器につながる圧力抑制室の圧力が急低下。損傷し亀裂や穴が開き、そこから特に濃度の高い汚染水が漏出しているとみられている。

 「炉心溶融後にベントを行えば、放射性物質の漏出が増える。もっと早い段階で行うのが定石だ」。大阪大の宮崎慶次名誉教授は、着手も含めた対応の遅れを指摘した。

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 (4)海水注入

 ■よぎる廃炉 躊躇あだ

 東電がベント作業にまごつく間に、1号機の圧力容器内の水位は低下を続けた。12日午前9時半までに燃料棒の上部55センチが露出し、午前11時20分に90センチ、午後0時35分には170センチに達した。

 東電は、電源が失われても原子炉の余熱でできた蒸気を水に戻して炉内に返す非常用の冷却システムを使い、6000リットルの真水を注入できていたため、より多くの量を確保できる海水注入には踏み切らなかった。

 しかし、14日午後2時12分、施設内で放射性物質のセシウムを検出。本来は燃料棒に閉じ込められ、「核実験か原発事故の後ぐらいしか見つからない物質」(保安院)の漏出で、炉心溶融が確実となる。午後3時36分には1号機で水素爆発が発生。その30分後に海水注入を発表し、午後8時20分に実行に移した。

 海水を注入すると、塩などの不純物が内部に付着して使えなくなり、「廃炉」の可能性が高まる。原発は1基3000億円規模に上る建設費に加え、地元同意などで莫大(ばくだい)なコストがかかる。だが、建設すれば、「減価償却が進むにつれ、安定的に利益を生み出してくれる」(業界関係者)。

 武藤副社長は3月21日の会見で、「淡水の確保が十分でなくなったときは、早い段階で海水を入れることを念頭に入れてきた」と、注入の躊躇(ちゅうちょ)を否定した。

 だが、内藤正則エネルギー総合工学研究所部長は今も疑念が拭えない。

 「海水を入れたら何千億円も損をするという発想があったのではないか。経営のことを考えて、元通りにしようという発想では非常事態には対応できない」

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